酒蔵日記・分福酒造(分福

2001年3月4日(日)



 妙な頭痛とともに目が覚めた。
昨日はそれほど酒を呑んでいないので宿酔いではない。どうやらここのところずっとぐずっていた風邪が悪化したようだ。なんだか寒気がするし熱っぽい。
 今日はなじみの志村酒店さんに誘われて館林の分福酒造さんに行く日だ。行くのをやめようかという思いも頭をよぎったが、なにせ今日は絞りたての吟醸酒を呑める貴重なチャンス。おまけに行くメンバーの中には女性も沢山いるようだ。何とか気力で起き上がる。
 僕はしょっちゅう偏頭痛だの風邪だの腰痛だので体調をくずしているのだが、ここ一番の時はどんなに体調が悪くてもふんばりが効く。まったく体力があるんだか無いんだかわからない。
 今回は2000円で呑み放題の代わりに各自一品ずつおつまみを持っていくのが決まりだ。朝が早いので昨日のうちに作っておいた里芋の唐揚げを容器に詰めようとしたらカリカリのはずがしなしなになってしまっている。しまった!そりゃそうだ。里芋の水分が衣にしみだして湿気ってしまったのだ。恐る恐る食べてみると、食感はまったく違うものの何とか食べられる。まあいいか。

 館林までは1時間。そこからタクシーで15分ぐらいのところにあるのだが、館林まで行く電車は1時間に2本ぐらいしか無いので少し早めに出なければならない。なんだか雲行きも怪しく不安だ。
 電車は春日部で準急に乗り換え。ところが乗り継ぎが悪く10分待ち。どんどん気分が悪くなって来る。蔵までもつだろうか。やっと準急の座席に座るとすぐに意識がもうろうとしてきた。
 一瞬眠ってしまったような気がしたらもう電車は茂林寺前。次の準急停車駅が館林だ。外を見るととうとう雨が降ってきたようだ。
 駅に着くとだいぶ雨がひどくなっている。改札口を出ると、集まっている人たちがいる。たぶん今回の参加者なのだろうけれど、まったく面識がないので声をかけずに一人でタクシーに。志村さんは車で蔵に直行するそうだ。

 蔵に着いたらどしゃ降りになっていた。なんだかひっそりしていて人気がない。受付にも誰もいない。とまどっているとさきほど駅にいた人たちがタクシーで到着した。やはり今回のメンバーだったようだ。ちょうどその時蔵の人らしき人が通りかかった。奥の蔵の方にまわってくれと言う。一旦外に出て奥に行くと下の方だけシャッターを開けた建物が目に入った。シャッターをくぐって中に入るともう10人ぐらい人が来ていた。あたりまえだが蔵の中は暖房が入っていないのでとても寒い。だんだん熱っぽさが増してきて意識がもうろうとしてくる。最後まで保つだろうか。
 専務さん(志村さんの学校の先輩だそうだ)や社長の奥様に蔵の要所を案内してもらい、しばらく待っているといよいよ搾りの準備が始まった。杜氏さんが樽を撹拌する。香りをかがせてもらったがあいにく鼻がダメになっているのでよくわからない。  

 やがてあわただしく搾りの準備。一般のお酒は機械で絞るのだが今回のお酒は伝統ある袋吊り。文字通り樽から袋に醪を詰め、その袋をつり下げてしたたる雫を集めるのだ。雫を集める樽に袋を移すわずかな間にも酒が滴ってしまうので素早く移さなければならない。10Kg近くありそうな袋なので大変な重労働だ。蔵人さんたちの真剣な様子は鬼気迫るものがある。
 次から次へとぱんぱんに張った袋がリレーされてゆく。巨大なドラム缶状の樽の中に数え切れないほどの袋が吊された時、ついに作業は終わった。   
しばし酒の雫が袋から滴るのを待って、ついに最初の一杯の杯が。志村さんが呼ばれ、試飲をすることになった。うーん、志村さんのうれしそうな顔と言ったら。 
 あとの作業は蔵の人たちにお任せ。蔵の一角に設えた仮設のテーブルには乾きものが並べられ、いよいよ試飲会の始まりだ。
 みんなで持ち寄ったおつまみを回していると、この蔵特製の粕汁が配られる。体が冷えているのでとてもうまい。そして、いよいよ最初の一升瓶が配られた。濾過していないので完全なにごり酒だ。にごり酒は妙に甘くてくどいものが多いのだが、これはとてもすっきりしている。ほどなく回ってきたのは中汲み。にごり分を沈殿させた上澄みだ。と言っても完全にすんでいるわけではなく、薄にごりの状態だ。これはうまい。当然ながらにごりよりもさらにすっきりしているが旨味は消えていない。さっきまで寒気がしていたのがうそのように気分が良くなって来る。
 専務さんがラベルを貼っていない小瓶を持って志村さんの所にやってきた。出来たての本醸造生酒だという。僕もおすそ分けさせてもらった。
「うまい!」
専務さんには申し訳ないが、吟醸よりもこれの方がうまい。どうしてだろう。本醸造にしてはややとろみを感じるまろやかな旨味。それでいてキレ味も良い。鼻がだめなので香りはよくわからないが、口の中には涼しげな含み香が広がる。
「これは市販されるんですか?」
思わず聞いてしまう。
「ええ、もちろんですよ。そこで即売しています。」
これは買わねば。さっそく「吟醸・一番搾り生原酒」と「本醸造・原酒」を買う。おまけに大量の酒粕をいただいた。

 その後もみんなで呑むは呑むは。ふと気が付くと、もうあまり人が残っていない。タクシーを呼んでもらってそろそろ引き上げることにした。
 だいぶ酔っぱらっているのか、したたかに額をシャッターにぶっつけタクシーに乗り込む。隣の駅であるせんげん台にお住まいだというご夫婦と一緒に駅に向かう。どこかでそばでも食べようかと言うことになり、あたりをうろうろするが、日曜日のせいかどこも開いていない。その時、ふと不思議な看板が目に入った。
「名物・バターどら焼き」
はぁ?なんだそりゃ。
 ご夫婦の奥さんのほうが面白がってどら焼きを買ってきた。ちょうど電車の時間なので、乗ってから食べることにする。
 中のあんこと一緒にバターが入っているだけの、ほとんど名前のままのものだったが意外にいける。バターの塩味があんこの甘さと絶妙にマッチしている。
 せんげん台は準急停車駅、僕の降りる武里は各停しか止まらないため春日部でお二人とお別れして僕は各停に。
 とたんに寒気がよみがえってきた。どうやって家まで帰ったのかは良く覚えていないが、気が付いたら布団にくるまっていた。
 それにしても酒を呑んでいる間だけ元気になるとは。
 し、しまった!女性がたくさんいるのも今回無理して参加した理由じゃなかったのか?




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