酒蔵日記・高橋庄作酒造店(会津娘

2000年2月1日(火)



 「雪だ!」
 ついうとうとしかけていたが、その一言で目が覚める。
 車はちょうど磐越自動車道のトンネルを越えたところ。この辺から会津地方だ。
 空にはちらほらと星が見えるのに、道路は風に吹かれた雪が舞っている。前方からちらほらと舞ってきた大粒の雪もだんだんと激しさを増してくる。

 午前2時に春日部を出発して3時間弱、さすがに夜中の東北道は空いていてスムーズな道程だったが、ここへ来て路面の凍結のため、がっくりとペースが落ちる。
 磐梯山サービスエリアで休憩のため車を降りると、一気に目が覚める寒さが肌を刺す。ここのところ暖かい日が続いていたためよけいに身にしみる。

 会津若松で高速を降りると、目指す蔵はもう目指すは目と鼻の先。約束は7時なのだがこれではあまりにも早すぎる。空きっ腹で酒を入れるのはきついのでセブンイレブンで軽く朝食のおにぎりを仕入れる。
 今回の見学会は、いつも僕においしいお酒を紹介してくれる志村酒店さんのお誘い。総勢6人で夜の高速を走ってきた。いつもの旅なら最初から最後まで僕が運転するのだが、今回は運転は完全に人任せ。申し訳ないがやはり楽だ。他の5人は皆若いので、朝から結構重い食事をとっている。僕はおにぎり2個とウーロン茶だけ。

 蔵に着いたのは5時半過ぎ。まだまだ外は暗い。ヘッドライトに照らされた雪の庭がとてもいい感じだ。まだ、灯りが点いていないようなので、庭先を借りて車の中で仮眠を取る。

 目を覚ますと7時少し前。もう陽は昇っているはずだが、雪のせいまだ薄暗い。出迎えてくださったのはご主人と奥さん、息子さん。息子さんはまだ若いのだが、実質的にはここの酒造りの中心人物だ。この人が会津娘のホームページも作っている。
 若いとお聞きしていたので失礼ながらもう少し頼りない人を想像していたのだが、実際は圧倒されるほどの情熱にあふれる素晴らしい方だった。

 実際の酒造りは8時から始まるとのことなので、それまでの間、蔵の中を見せていただく。
 この蔵の出来高は200石級。かなり小さめの蔵だが、そのぶんとても丁寧な酒造りが行われている。

 酒造りは一般的に、精米、洗米、浸漬(しんせき)、蒸米(むしまい)、麹(こうじ)造り、酒母造り、もろみ、発酵、上槽(じょうそう)、澱引き、濾過の行程をたどる。生酒の場合はこれで完成。そうでない場合はこのあと火入れの行程がある。
 蒸米に使う甑(こしき)は巨大な木製の桶。床下に埋まった釜で蒸し上げる。今日は8時からこの蒸米の作業が始まる。この甑は玄関を入ったちょうど正面にあり、左手に行くと発酵用のタンクが並んでいる。
 10数本のタンクではやがて純米酒となるもろみが静かに発酵している。耳を近づけるとかすかにパチパチという音が聞こえてくる。残念ながら絞りは明日とのことなので、もろみを飲ませていただく。仕込みはじめのもの、中間のもの、明日の絞りを待っているものの3種を味わう。
 仕込みはじめのもはまだほとんどアルコールが感じられない。米の粒々もはっきりしており、ほのかに甘い。中間のものはピリピリする炭酸が感じられ、だいぶ酒らしい。最後のものはかなり甘みが弱くなり、粒々感もほとんどなくなっている。あっという間にぐい飲みが空いてしまう。
 2階では麹が作られている。少し食べさせてもらったが、ほとんど甘みが無く硬い。この蔵では甘み、硬さの異なるように作り分け、発酵の段階に分けて使っているそうだ。この加減によっても酒の甘辛が左右される。
 甑の奥には酒を絞るための槽がある。この中にもろみを詰めた酒袋を入れ、巨大な重石で絞り出す。

 8時近くなると続々と蔵人たちがやってくる。いよいよ今日の酒造りの始まりだ。

 今日から仕込まれるのは吟醸酒。吟醸酒とは重さが玄米の60%以下になるまで磨き、長期低温発酵させたものだ。吟醸酒はさらに米だけを使って作る純米吟醸と、10%以下の醸造用アルコールを加えた吟醸に分かれる。また、精米歩合が50%以下の場合は大吟醸と呼ばれる。この蔵では作られる吟醸酒はすべて純米吟醸だ。精米歩合は50%。ほとんど大吟醸である。吟醸酒は華やかな香りと、フルーティーな味わいが特徴だ。

 甑を使って米が蒸されはじめる。しばらくするともうもうとした湯気と一緒に米が炊きあがるときの香りが漂いはじめる。1時間弱で米は蒸しあがり、蔵人がスコップで蒸しあがった米を放冷機に移す。
 蒸しあがった米を試食させてもらう。普通のごはんにくらべるとだいぶ硬く旨味も少ない。実は米の旨味の素となる蛋白質や脂肪、ビタミンなどは良い酒造りにはじゃまになるのでそれらの成分が多い米の表面部分を磨き落としてしまうのだ。また、コシヒカリのように粘りの強い米は放冷や麹作りのときにダンゴになりやすいのであまり使われることはない。酒造りによく使われるのは五百万石、山田錦、美山錦などのいわゆる酒造好適米だ。この蔵で多く使われているのは五百万石、吟醸酒だけは雄町、もしくは八反錦で作られている。

 このあと、蒸された米の一部は麹作り用に回され、他は仕込み用となる。
 一般に酒類は糖分を酵母により発酵させてアルコールを作るのだが、日本酒の場合、原料となる米には糖分が含まれていないため、まず米のデンプンを糖化させることが必要になる。この役割をになうのが麹菌で、蒸米に適当に麹菌を食い込ませたものが米麹だ。米麹に蒸米と水を混ぜて酒母(もと)を作る。これに酵母を加えて発酵させる。
 酒母が完成するまでには「速醸もと」で1週間から10日、伝統的な「生もと」や「山廃」造りでは1ヶ月もかかる。今ではほとんどが速醸もとだ。
 酒母ができるといよいよ仕込みだ。酒母に対してさらに蒸米、米麹、水を加え、米のデンプンを糖化させながら、同時に発酵を進める。糖化と発酵が同時に行われるのを並行複発酵方式と呼び、これは日本酒独特の方式だ。このような複雑な方法で発酵が行われる酒は世界でも類を見ない。日本酒の原型が文献に登場するのは平安時代の「延喜式」。なぜこんな高度な技術が生まれたのかは謎である。
 仕込みは「初添え」、「仲添え」、「留添え」の3回に分けて行われ、この間が4日、留添え後2週間前後タンクの中で発酵させ、上槽の行程に移る。
 絞りあがった酒が原酒だ。このままではまだにごりがあるので、1週間ほど静置して沈殿させ、さらに濾過をする。ここで瓶詰め出荷されるのが生酒だ。普通の酒は火入れという加熱殺菌が上槽後と貯蔵後、瓶詰め前の計2度行われる。生酒のままでは変質しやすく、また厳密には発酵が進むため、火入れが行われるのだ。また、火入れを1回しか行わない酒もある。上槽後のみ火入れするものを「生詰め」、貯蔵後に火入れするものが「生貯蔵酒」だ。一般には「生酒(本生)」、「生詰」、「生貯蔵酒」をあわせて「生(生酒)」と呼んでいる。いずれも購入後保管する際には冷蔵庫に入れるなどの注意が必要だ。

 今回は昼ごろには帰らなければいけないので麹作りの行程までは残念ながら見ることが出来ない。
 埼玉では手に入りにくい「本醸造会津娘」と去年の吟醸酒の生貯蔵酒「純米吟醸会津娘・雄町」を買って帰路に就く。
 絞りのタイミングは寸前にならないとわからないため、毎日のように絞りが行われる大手と違い、なかなか絞りの行程を見ることは出来ないのだが、やはり酒蔵見学のい醍醐味は汲みあがったばかりの新酒を味わうこと。ぜひ、こんどは絞りのタイミングを狙って見学に来たいものだ。
 今日造り始めた酒は春先に出来上がる。今から飲むのが楽しみだ。
 時々ちらつく雪の中、後ろ髪を引かれながら車は一路、埼玉を目指す。



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